じゅて~む エッセイ編 第44夜
【あらすじ】
N県新潟市やN県長野市でコント活動をする集団の、コント台本を担当している江尻晴子(39歳)が、架空の男性・達太としてエッセイ連載にチャレンジ。
タイトルの「じゅて~む」は愛しているという意味だが、架空の男性・達太が主人公の小説「じゅて~む」からの引用でもある。
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俺は今、いちご狩りに来ている。
いや。正確には、いちご狩りを終わらせようと必死だ。
そして、ここらでひとつ、自己紹介を。
俺は達太だ。39歳の会社員だ。
外見は悪くは無い。ジャムおじさんやアンパンマンや、車種でいうとアンパンマン号に似ている。
ジブリ顔ならぬ、やなせ顔。
頬がとてつもなく盛り上げっている。盛り上がっているのに垂れ下がっている。重力の勉強にもってこいだ。
俺の腹だってそうだ。膨れ上がって、天を目指しているかと思えば、重力のせいで垂れてもいる。
とにかく勉強になる。
矛盾?
不条理?
SF?
すべて俺の腹に詰まっている。勉強になる。
俺は大盛が好きだ。定食が好きだ。ボリュームが好きだ。
グルメなのだ。
そんな俺がなぜ、いちご狩りをしているかというと、
正確にいえば、いちご狩りを終わらせようと必死かというと、
俺だって社会の一員。
出前を昼に食べるために出社しているとはいえ、歯車の一部。
会社行事だ。面倒くさい。
俺はいちご狩り開始5分にして、飽きた。
腰をかがめてまで、もいで、食べるものとは思えない。
このぶ厚い唇を、すぼめてまで食べる意味がわからない。
この腰は、味噌ラーメン大盛の食券を取り出すためや、華奢な美女のハンカチを拾うために、有る。
そのときには喜んでかがんでやろう。
また、このぶ厚い赤紫の唇は、
ーきっと肝臓に負担があるのだろう。
ボークソテーを大きく口を開いて食べるために、有る。
いちごの為に、すぼめるための唇ではない。
俺の唇をすぼめて良いのは、カツカレーの脇のカレールウだけだ。
それと麻婆豆腐。それと五目御飯のあん部分だけ。
それとグラタン。グラタンは冷ますときに。
この行事は、午前10時にいちご狩りを開始。
12時に「裕次郎」で松花堂弁当を、みんなで頂くスケジュールだ。
会議でよく通ったもんだ。
誰だGOサインを出したのは。
時間軸がおかしい。
移動も含めるとはいえ、いちご狩りに2時間はおかしい。
現に、俺は開始5分で、帰りたい。
いちご狩りは通常5分、せめて、13分で十分だ。
上も悪い。
年末で忙しいとはいえ、いい加減に企画案に目を通したのだろう。
かわいそうに。
女性社員らは、上に気を使い、さも楽しそうに唇をすぼめ、いちごを食べ続けている。
その唇は、彼氏のためにとっておけ。
かわいそうに、いちごなんか食いたくないだろうに。
「おいしいね!」
「いちご大好き!」
演技上手だな。涙が出そうだ。
これは立派なパワーハラスメントだ。
俺の中の正義に火が点いた。
本日は土曜。
何故、土曜にまで会社に気を使う必要がある。いちごを食べる必要がある。
俺は、いちご農園を出る。
車を走らす。
皆はバスで行事に参加中だが、俺は牛丼を食べてから参加したかったため、一人、自分の車でいちご農園に来ていたのだ。
俺は馴染みの定食屋に電話をかける。
「もしもし。唐揚げを60個、至急頼む。」
それだけ告げ、電話を切る。
おっとそれから忘れずに、
「もしもし。生姜焼き定食の用意も、頼む。こちらは1人前でよろしい。大盛でよろしい。」
大切なことを伝え、電話を切る。
おっと。もう一つ。
「もしもし。名乗るのを忘れていました。まずは自己紹介から。宮村達太。10分で行きます。」
電話を切る。
しかし、3分で定食屋に到着。
唐揚げ60個が揚がるのを待つ。
生姜焼き定食大盛は、美味しかった。店に気を使わせるのも悪いので、普段はいつの間にか腹に収めているお新香を、ポリポリと音をたてて食べ、しかし腹に飲み込まれないよう、しゃぶって待つ。
ポリポリ、しゃぶるには技が要る。
俺の唇はすぼまる。皮肉なもんだ。いちごの為に結局、唇をすぼめている。
なぜいちごの為か?
お察しの通り。
俺は、いちごと唐揚げをすり替えるつもりだ。
おおぶりのいちごと唐揚げの大きさが全く一緒で助かった。
いちごを食べているフリをして、唐揚げを食べる事ができる。
すべて、パワハラに耐える女性社員を救うため。
俺は厨房を凝視する。まだか。こうしている間にも、彼女らはいちごを食べさせられている。
「もしもし。唐揚げ10個追加で。そして、今出来上がっている10個を、こちらのテーブルへ。」
俺は今の一言で、先ほどの3度の電話が俺からだとバレたかもしれないとヒヤリとする。
だが、それでいい。
だってそうだろう?
唐揚げ60個(今となっては70個)を注文した人物がわからないままでは、困る。
俺は出来立ての唐揚げ10個を、大事に頂く。待ってろ女性社員。名前もウロ覚えの女たち。
やっと60個の唐揚げを受け取る。
「領収書はいりません。会社経費ではありません。」
俺はいちご狩りを企てた連中にあてつける。自腹だ。
いちご農園に戻った俺は、女性社員がいちごをもいで、手に取るなり、そのいちごをサッと奪う。
「え?宮村さん?」
俺は唐揚げを彼女の手に乗せる。
総勢5名の女性社員に、それを繰り返す。
女性社員は目を大きく見開く。手元のいちごが唐揚げにすり替わったことに驚く。
俺はぶ厚い唇に人差し指をあて、どんよりした目で彼女らの目を見つめ、「静かに」の合図を送る。
いちごを口元まで運んでいても構うものか。
いちごを奪い取り、唐揚げを口元に押し付ける。
いちごを口に含んでいる女性社員には、仕方ない、「お口直しに」と告げ、唐揚げを預ける。
本当は首にチョップしていちごを吐かせ、唐揚げをプレゼントしたいのだが、暴力は趣味ではない。
女性社員らの目には、俺がナイトに映るだろう。
イチゴをもぐなり側に現れ、イチゴを奪い、唐揚げをくれる、王子様。
間違った、ナイト。
上の連中には、十分いちごを食べているように見えるだろう。
少し色の悪い、いちごを。
いちご狩りを企画した奴らの悔しがる顔が目に浮かぶ。
「おおぶりのイチゴと、唐揚げの大きさが全く一緒だったとは、盲点だった・・・!」
さて12時の松花堂弁当まで、女性社員らの腹が空くか、それだけが心配だ。
俺の腹が12時の松花堂弁当まで、もつかも、心配だ。
女性社員5名に対し、唐揚げ60個。平等ではなくなるのも心配だ。
余る10個は俺が頂くか、それとも、部長にすり寄り、部長がいちごをもぐなり、唐揚げとすり替えて差し上げるか。
ナイトである俺だって部長には媚びへつらう。世の中そんなもんだ。
「宮村君、何やってるんだ!なんだこの唐揚げは!」
「へへへへ部長、すこぉし色の悪い、いちごですよ。何の問題もありません・・・・・・・・。」
女性社員らが、イチゴを狩らなくなってきた。
やはり、飽きたか。
それとも俺に恋するのが怖いか。
それとも、ただただ俺が怖いか。
今夜も俺がじゅて~むされる側になってしまった。
俺のような男性が、すべての女性の前に現れますように。
じゅて~む
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