じゅて~む エッセイ編 第47夜
【あらすじ】
N県新潟市やN県長野市でコント活動をする集団の、コント台本を担当している江尻晴子(39歳)が、架空の男性・達太としてエッセイ連載にチャレンジ。
タイトルの「じゅて~む」は愛しているという意味だが、架空の男性・達太が主人公の小説「じゅて~む」からの引用でもある。
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俺の目の前に、むせび泣く男児がいる。
正確にいうと彼は、俺と、アジフライとロースカツとコロッケの間で、むせび泣いている。
小学1年くらいか。小さいため、俺が揚げ物を眺める障害にはならない。
一人だ。
スーパーマーケットのお惣菜の、揚げ物の前だ。
ははん。
全部欲しいのだな。
俺は彼の心が読めてしまった。
しかし。
カツもコロッケも、とにかく全部を彼が食べたいのはよくわかったのだが、それでは何故、泣く必要があるだろう。
全部食べれば良いだけのこと。
俺は彼の理解に苦しむ。
声をかけてみようか。
まずは自己紹介から。
「こんばんは。俺は達太、39歳。会社員だ。月~金曜は会社員として働き、会社では主に定食屋からの出前を待っている。
そして土日はエッセイストとなる。エッセイを発表するんだ。
ところで、おま・・・君は何故、泣いているんだい。」
しまった!
彼に問いかけた瞬間、俺は答えがわかってしまったのだ。
しかも俺としたことが、小学1年位だからと初対面であるにも関わらず、彼をお前呼ばわりしそうになってしまった。
俺としたことが。
確か、もうすぐ人権週間じゃなかったか?来週あたり、どうだ。忘れた。どうでもいい。
俺は彼を、君と呼ぼう。
ところで俺は彼がむせび泣く理由がわかってしまった。
「俺は達太。それはわかったね?
今ほど俺は、君に何故泣く必要があるんだいと問うてしまったが、俺は自力で君の泣く、その理由がわかったぜ?」
「君、俺をお母さんと間違えたんだろう。
それで俺に、メンチカツやポテトフライを中心に、全種類の揚げ物をおねだりしようとしたんだろう。
ところが。
なんかいつものお母さんと違う。
雰囲気はもちろん、髪型も横幅も縦の幅も、いつものお母さんと、違う。
それで、不思議がいっぱいで泣いている。違うか?違わないだろう。なんかいつもと違うお母さんに泣いているんだ君は。」
「だが安心してくれたまえ。
俺は、君のお母さんではなく、達太なんだ。君のお母さんは、きっと精肉売り場だ。
だから泣く必要は全く無い。」
ここまで説明して、俺の脳裏にバッと「迷子」という二文字が浮かんだ。
迷子だと?
どういう意味だったか。
俺としたことが忘れてしまった。
では、考えようじゃないか。
俺は音楽家バッハに似ていた時期があるとはいえ、立派な日本人だ。
食生活の欧米化や中華料理化が進んでいるとはいえ、まだまだ日本人。
迷子の「子」は、紛れもなくこの男児のこと。
では「迷」は?
俺は、ハッとする。
俺は大きく勘違いしていたようだ。
俺は、彼が、このコーナーの揚げ物をすべて欲しがっていると思い込んでいた。
何故なら俺もそうだから。
いや、俺はししゃもフライは要らないのだが。
そんなことはどうでもいい。
彼は、迷っていたんだ。
メンチかロースカツか。小学1年らしくコーンクリームコロッケ3個かで、迷っていたんだ。
そうすると、自ずと彼の涙の理由も変わってくる。
彼は迷い、悩み疲れ、途方に暮れて泣いていたんだ。
お母さんが俺に変化したことに感激して泣いていたのでは、ない。
俺は恥ずかしくなる。
顔や、無い首まで真っ赤になる。
自惚れていた。
自身を彼のお母さんだと、自分を買いかぶっていた。
母は偉大。
俺の腹は、偉い大きいが決して偉大ではない。
俺の腹の中に彼が居たことなど、一度も無い。俺はお母さんにはなれません。
それではしきり直しだ。
彼の悩みが、どの揚げ物にするか?であれば、俺が決めてやろう。
それで全て解決だ。
彼の泣く理由はなくなる。
俺の中のコンシェルジュ魂に火が点く。
「意外と、アジフライなんじゃないか?」
男児の涙が止まった。
「は? おじさん、誰?」
「嘘だろおい。先ほど、あんなに自己紹介したじゃないか。
それに君のお母さんじゃない。それも説明したはずだ。まだ俺をお母さんと思っているのか。
困った奴・・・失敬、人だ。」
「え?え?
ごめんなさい、迷子になってしまって、泣いてて聞いてなかった。」
「そうか。では仕方あるまい。
俺は、こう見えて君のお母さんじゃないんだ。
俺の腹は、偉い大きいがね・・・。君は、君のお母さんの腹の中にのみ、居たことがあるぞ。」
「では、あらためて宜しく。
迷子の君に、俺が答えをあげるよ。
意外と、アジフライだ。
わかったね、アジフライなんだ。」
彼はまだきょとんとしている。
仕方ない、背中を押してあげよう。
俺は、彼と揚げ物コーナーの間に、ぐいと体を捻じ込む。
彼は俺の思い切りのいい背中に、惚れ惚れする。
俺はトングでアジフライを掴む。
もちろん2枚。
俺は2枚掴みが上手だ。ロースカツもそうする。
その瞬間。
「お母さん!!」
彼が急に声を張り上げた。
なんだ?!
今日イチ、デカい声だ。
急に演劇の練習を始めたのか!?
「お母さん!!」
なんて大きい声だ、小学1年の声とは思えない。
やはり演劇の練習か。
しかも、アジフライに決まったというのに、再び泣いている。
しかも、今なんて言った?
あんなに説明したのに、まだ俺をお母さんと呼んでないか?
俺は腹を軸に、ぶるんと体を回転させ、アジフライをその勢いでビニル袋に入れ、彼の方を振り返った。
彼は俺の知らない女性に、泣きついている。
情けない男児だ。
アジフライに決まったのに、まだ迷って、あの女性の意見も参考にしようというのか。
あの女性のどこが揚げ物マイスターだというのだ。
俺は、彼を女性から引き離そうと、腹を推し進めるように、にじり寄る。
「やめたまえよ。」
「ごめんよおじさん、アジフライに決まったのに。」
と男児が反省を述べると思いきや、意外、女性が口を開いた。
「はい。もうしません。
この子から目を離さないようにします。ご迷惑をおかけしました。」
ははん。
そういう事だったか。母親の登場。
「彼女、嫌がっているじゃないか。」
しまった。
やめたまえよ、彼女嫌がってるじゃないか、と言いたくて仕方なくて、つい言ってしまった。
女性は
「え。この子は男の子です。」
俺は心の中で「はい。」と思う。
そして
「ははは、冗談ですよ。よかった、よかった。」
と社会性を持って述べる。
彼と女性は俺に礼をし、手を繋いで、去った。
「あのおじさん、達太さんていうんだよ!」
彼の声が聞こえた。
なかなか、見どころがある。
しっかりと俺を達太と認識していたのだな。わかっていないフリをしていたか。遊びの効いた小学1年だ。
家に着くなり、親子でWEBで「達太」と検索するといい。
このエッセイに辿り着き、「これ僕のことだ!」「そうね!」と親子で盛り上がるといい。
父親は蚊帳の外、それは申し訳なく思うがね。盛り上がるといい。
そして20年後、小学1年だった彼も大人になり、書籍化されたこのエッセイを手に取る。
「じゅて~むか。面白そうだな。
・・・・・。
これ、俺の事だ。」
そのときこそ、彼は本当の涙を流すんだ。
そして毎年のように俺に歳暮でアジフライを贈ってくるだろう。
頼む、ハムのセットに代えてくれ。
じゅて~む
※人権週間について、適当に書いたら、なんと先週でした。驚きました。
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