じゅて~む エッセイ編 第53夜
【あらすじ】
N県新潟市やN県長野市でコント活動をする集団の、コント台本を担当している江尻晴子(39歳)が、架空の男性・達太としてエッセイ連載にチャレンジ。
タイトルの「じゅて~む」は愛しているという意味だが、架空の男性・達太が主人公の小説「じゅて~む」からの引用でもある。
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大晦日の事である。
俺は両手の自由を奪われた。
親戚連中と、2020年を振り返り、談笑し、夕飯を頂いていたときのことだ。
はあ、オードブゥルは最高だ・・・と、俺が箸をいったん置いたとき。
その瞬間に、敵は俺の両手に唐揚げ棒を押し付けてきたのだ。
俺は両手を塞がれた。
そんな俺に敵は告げる。
「おじさん、唐揚げ棒あげるよ。」
「代わりに、絶対に動かないでね。」
「お蕎麦は僕がもらうよ?」
いやいや、それは困る。
いくら俺でも蕎麦は年越しのときくらい、食べたい。
両手の自由を奪われ、
「いや、蕎麦も食べる。細く長く生きるのもアリとは思う。」
と、蕎麦の器を押さえることのできないのをいいことに、敵は、俺の蕎麦の器をスっと引いた。
両手は使えないが、蕎麦を食べたい俺は、唇の吸引力で蕎麦を啜ろうと、顔面ごと蕎麦を追いかけた。
精一杯、蕎麦を追いかけたのだ。
するとどうだ。
敵は蕎麦の器を、俺の方へ戻してきたのだ。
俺の大きな顔は、蕎麦の器にぼしゃんと突っ込んでしまった。
「ず。ずず。」
顔が熱い。麺つゆクサい。
しかし蕎麦を啜る。
普通は蕎麦の器に顔を突っ込んでしまった場合、すぐ顔を上げるのだが、そうすると再びその蕎麦を食べたいか?
答えは食べたくない、だ。
だから、そうならないように突っ伏したまま啜るが正解だ。
俺は蕎麦の器に顔をぶち込まれたまま、ズズズズと蕎麦を啜る。
両手には唐揚げ棒。蕎麦を啜り終えたらこいつを食べるのが楽しみだ。
こんな俺は細く長く生きれるのか今更、などの疑問を抱きながら。
すると頭上から声が。
敵の声だ。
「おじさんが悪いんだよ。
僕は、唐揚げ棒をあげる代わりに、絶対に動かないでねって言ったよね?
動いたおじさんが悪いんだよ?」
確かに。
唐揚げ棒を頂いている。
しかも両手に。
「僕は良い子さ。
おじさんの蕎麦を奪うわけがないじゃない?」
俺は蕎麦を、60秒で啜り、顔を上げる。
驚いたことに敵は子供だ。
聡明そうな坊ちゃん狩りに、キラキラ光る瞳。
ツンと形の良い鼻。
形の良い、口角の上がった口元。
蝶ネクタイに半ズボンだ。
東京の子供か。
俺は39歳。会社員であるうえに、土日は立派なエッセイストだ。
親戚連中の前でも立派でありたい。
立派な腹に見合う俺でありたい。
スっと立ち上がり、
「ちょっとお蕎麦の匂いを落としに、お風呂を先に頂くよ。」
と団らんを後にする。
風呂場。
俺は顔を埋めたのが、蕎麦であったことに感謝する。
大晦日でなければ、俺の目の前には麻婆丼や、生姜焼きや、カツカレーがあったはずだ。
顔がドロドロになっていた。
危なかった。
蕎麦で良かった。
しかし。
あの敵は何なのだ。
遠い親戚の子供と聞いている。
湯舟に浸かり、俺は考える。
敵に打ち勝つ方法を。
脱衣所。
俺が体を拭いていると、敵が、ガラガラと扉を開けて入ってきた。
「おじさん。僕とお風呂に入ろうよ。」
なんというタイミング。
風呂上りに体を拭いている最中に、風呂の誘い。
俺は断りたい。
団欒に戻ってオードブゥルを食べたい。
しかし相手は子供。
しかも敵。
風呂で倒すか。
「いいぜ。おじさんと風呂に入ろう。」
俺は再び風呂場へ。
敵は常に自信たっぷりだ。
俺にしりとりゲームを湯舟に浸かりながらしようと言うのだ。
得意だ。
敵が先方を買って出る。
「しりとり」
俺は潰しにかかる。
「リブロース、ご飯大盛り」
敵「り、り、りんご」
俺「ご飯大盛、生姜焼き定食大盛り」
敵「り、り、り、理科!」
俺「カツカレー大盛り」
敵「り、り、」
敵は俺の大盛り攻撃にタジタジだ。
長考が目立つ。
俺はのぼせてきた。しりとりはここまでだ。俺の勝ちが見えた今、湯舟にいる必要は無い。
血圧が高いのだ。
食生活が反映された血圧だ。
先に湯舟をおさらばだ。
しりとりの結末なんて知るものか。
のぼせていても食欲はある、オードブゥルの元へ。
俺が湯舟におさらばしたならどうなるか?
ほぼ湯は残らないのだ。
体積がそうさせた。
敵は、寒い寒い言うだろう。
ガリガリの子供。
俺は脱衣所で反省した彼を待つ。
冷えた体を温めてやるのだ。
この腹に押し付けてあげよう。
情けや塩を、敵にかけるのだ。
ん?まあいい。かける。
ガラ。
敵が風呂を終えた。
ガタガタ震えている。
しりとりの屈辱か、俺のせいで湯舟が干上がったからか。
俺は彼の健闘を称え、抱きしめてやる。寒かったろう、坊や。
ところが。
「助けて、誰か、助けて!
腹に取り込まれるよ!」
敵は、どこまでも性根が腐っていた。
俺は、今年1年をかけて、彼を正す。
「君、名を何という?」
「達隆!お前の隠し子だ!」
はて。
俺に隠し子?
何故隠す?
自慢したいが?
しかも達隆は美形。自慢したいが?
高木ブー似の俺のかけらもない。つまりは俺の相手は美女。
続く・・・。
じゅて~む。
敵が出現したおかげで、エッセイらしくなかったな。
この子供は今夜限りの出現と思われる。
エッセイ向きではない。
キャラクターをこさえれば、物語が作りやすいのは、わかる。
でも、そこじゃないんだ。
それは、他の作家の仕事だ。
あくまでも俺はエッセイスト達太。
今年もよろしくお願い申し上げます。
じゅて~む
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