じゅて~む エッセイ編 第60夜
【あらすじ】
N県新潟市やN県長野市でコント活動をする集団の、コント台本を担当している江尻晴子(39歳)が、架空の男性・達太としてエッセイ連載にチャレンジ。
タイトルの「じゅて~む」は愛しているという意味だが、架空の男性・達太が主人公の小説「じゅて~む」からの引用でもある。
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おはよう。
俺は達太。39歳。会社員。
ただし、会社へは月曜~金曜しか通っていない。
土日はエッセイストとして、街を練り歩いたり、牛丼を食べたり、カツ丼を食べたり、テレビを見たりしている。
俺の住む新潟県新潟市にも、今年はたくさんの雪が降った。
俺は胴長短足なので、長靴を履くと、膝が曲がらなくなる。
だから俺は家から一歩も出ない。
雪の中をヨチヨチ歩いてたまるか。
若い女性に可愛いなど思われたいならば、喜んでヨチヨチ歩きもするが、あいにく俺は、今は恋愛の気分では無いのだ。
あくまでも、今はね。
するとどうだ。家から毎週一歩も出ないと、新聞屋の標的になってしまった。
「新聞をとりませんか。」
「結構です。」
「社会人ならとった方がいいですよ。」
「俺はエッセイストです。」
「それなら尚の事、え?は?」
「エッセイは達太という名で発表しています。」
「社会や経済の動きがよくわかりますよ。」
「今、第59夜です。すごいでしょう。第何回と表現はせず第何夜と、夜の艶のある雰囲気を大事にしているんです。」
「エッセイでは、読めば読むほど俺のことがよくわかるような仕組みになっています。例えば好きな花や、好きな四文字熟語がわかるようになる。」
毎週末、こんな感じだ。
新聞屋も必死なのはわかる。
でも俺だって必死なのだ。
新聞屋のすごいところは、前述の会話で、俺の元を再び訪れようとするところだ。
怖くはないのか。
よくわからない男の、しかも高木ブーなどに似ており、目がどんよりと曇っている、唇がぶよぶよの紫色の俺。
そんな俺が、エッセイだの、俺の好きな花など言って、新聞を断る。
なんなら、断られてホッとし、急いで俺の家の玄関から去っても誰も彼を責めないだろう。
しかし、毎週末、新聞勧誘は続く。
そんな新聞屋が、何人もいる。
各誌で、誰が俺に新聞をとらせるかを競っているようだ。
俺だって新聞は好きだ。
俺に新聞小説を書かせてくれるなら、全ての新聞をとってもいい。
その場合でも会社には通い、昼に出前をとりたい。
今日は日曜。
そろそろ新聞屋がやってくる頃だろう。
「ごめんください」
そら、きた。
「新聞なら、間に合っているよ。」
俺は、新聞をとってないのに間に合っているという。
そう言いたいからだ。
しかし、違った。ピザだ。
四種類の味が1枚で楽しめる、ピザだ。
出前がどんどん来る。
ピザ。
寿司。
オードブゥル。
安定の、定食屋からのカツ丼、生姜焼き定食の類。
もちろん、俺が電話をしたりネット注文したせいなのだが。
俺の玄関先は、出前の配達員であっという間に賑やかになる。
「たくさんの食べ物をありがとう。
だけど。みんな、頼むから仲良く。順番に。
まずはピザの会計から。
みんな、本当にありがとう。ご苦労さんだね。」
6人の配達員の男は、会釈をし合っている。
その後方に、新聞屋の姿が見える。
俺の作戦通りだ。
新聞屋は動揺している。
すべての出前の会計が済むのを待つか、帰るか。
「一番後ろの君。
そう、ねずみ色のキャップの、君だよ。小脇に新聞を抱えた君さ。」
「君は、なんの料理を運んできてくれたんだい?
もし麺類なら、順番を入れ替えて君と先に会話をしよう。そして麺が伸びる前にこの場ですすってしまおう。」
ピザや出前の配達員6人は、バッと後ろを向く。
「は?玄関で俺らを前にして、食事?」
「とんでもない男のところに出前に来てしまった」
と思いながら。
しかし、そこに佇むのは、もじもじする新聞屋。
「ははん。ここの主人はキレ者に違いない。新聞屋を挑発したんだ。」
6人の配達員は俺に心酔するだろう
。
作戦通りだ。新聞屋は今日の勧誘を諦めるだろう。
だが。
俺は新聞屋が可哀そうになってきた。
毎週末、俺なんかと会話し、煙に巻かれ、しかも変な煙、それでも今日もやってきたというのに。
6人の配達員の目の前で、俺に食事を献上できていないのは自分だけ。
一番俺の元に通ってきているというのに。
新聞屋は、ダッと走り去った。
俺は、出前の会計を順々に済ませながら、少しだけ淋しくなる。
「はいお寿司ね。ありがとう。美味しく食べるよ。」
「ああ、君は定食屋だね。ありがとう。一番好きさ。」
「おお、結構な金額になったね。たくさん頼んだからね。いいさ、喜んで払わせてくれたまえよ。」
だが、これでいい。
どうせ俺は新聞をとらない。
会社で読んでいるからだ。
もっと素晴らしい朝などには、通勤途中に牛丼チェーンに寄り、朝だからと朝定食に甘んじず、大盛牛丼を食べながら、新聞を読むからだ。
彼に期待をさせてはならない。
彼は俺を諦め、他を勧誘しなければならない。
気の弱い一人暮らしの女子大生や、社会人2年目の騙され盛りの青年が、彼を待っている。
新聞の本社も、それを待っている。
ヴァレンタインデーみたいだ。
モテる男子が女子に囲まれ、チョコレートの贈り物をもらう。
一番後ろに、新聞を小脇に抱えた気の弱そうな女の子がいる。
男子はその女の子に気付いている。
何故なら部活の試合の応援に、毎週末来てくれるからだ。自然と目に入るようになっている。
だが彼女には声をかけない。
男子はもうすぐ転校するからだ。
中2の俺、達太は、それを木陰から眺める。
俺の親友の「アラビアンナイト」が
「いいなぁ、シンジばっかり。なあ達太?」
など言う。
「アラビアンナイト、俺はちっとも羨ましくないよ。あの箱の中身は弁当じゃないんだろう?
ヴァレンタインデーには、女子は好きな男子に、弁当をプレゼントすべきさ。必ず昼に。」
「放課後にチョコをもらっても、晩御飯のことで頭がいっぱいで、フラれるとわかんないかな?」
「卒業式の第二ボタンも同じだよ。
どうせ食い過ぎれば、腹が出て、ボタンはとれるって、わかんないかな?」
アラビアンナイトは、そんな俺を子供だと笑う。
そんなヴァレンタインデーを思い出させる。
変な日曜だ。
俺は新聞屋を諦めさせるために、仕方なく頼んだ大量の出前を、もくもくと頂く。
頼み過ぎたか。
寿司の一部と、オードブゥルの一部は、夕食に回すか。
なんだか切ない恋愛小説のようなエッセイだったな。
これを機に、このエッセイの女性人気が爆発してしまうだろう。
じゅて~む
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