じゅてむりん⑥ 第68夜「最終回じゅてむりん」
【あらすじ】
N県新潟市やN県長野市でコント活動をする集団の、コント台本を担当している江尻晴子が、架空の男性・達太としてエッセイ連載にチャレンジ。
タイトルの「じゅて~む」は愛しているという意味だが、架空の男性・達太が主人公の小説「じゅて~む」からの引用でもある。
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俺は達太。
もうダメかもしれない。
俺は高木ブウ似の日本人の中年。
どこにでもいる大食漢のおっさんだ。
そんな俺が、映画グレムリンのせいで5体に増え、緑色となり凶暴化してしまった。
人間だというのに。
これでは化け物ではないか。
こんなことが家庭内で起こってもみろ。
いくらアメリカの家庭とはいえ、どうするどうする!となる。
幸い、まだ家族の誰にも知られてはいない。
父上は呑気に眠っているし、
ビリーも呑気に眠っている。
俺の気も知らないで。
では、良いではないか。
俺達も眠ればいいだけの事・・・。
そして明朝、落ち着いて、緑色の俺達5人と、ビリーの家族で家族会議を行い、家のリフォームの計画を練る。
子供部屋を増築するか、達太部屋をガレージ脇に据えるかじっくり話す。
それが最善だ。
肌色の塗料もネット注文しよう。
ところが。
俺達は凶暴化している。
明日の朝を待てない。
しかも俺達は、既にビリーの部屋に5体とも集結している。
「おい、そこのジュテムリン!
何してる!」
「何って、ビリーにキスするのさ。」
「やめろ、そんなことしたら、ビリーが目を覚ます!」
「大丈夫だ、ビリー少年のほっぺに、ブチュとやるだけだ。チャーシュー麺をすするときの唇の形で、ね!
HAHAHAHAHぁ~」
「全っ然面白くないぞ、よせ。
ジュテムリン全体の笑いの精度が落ちる、適当なジョークは禁止だ。」
ダメだ。
凶暴化した俺に、俺の話が一向通じない。
また別の俺は、
「ねえ、ジュテムリンさん。これどう思う?」
と、真っ赤な口紅を緑色のぶよぶよの唇に塗り始めた。
「おい、やめろ。そんな唇でビリーにキスするんじゃない、余計にビリーが目を覚ます。」
「ほう。眠っている子供に唇の色が伝わるとでも?
それより見て。全身緑色の俺の唇が赤くなった。クリスマスカラーの完成に、メリークリスマスだ。」
「クリスマスカラーの完成に、メリークリスマスだと?
ふざけるな。そのルージュは何処から持ってきたんだ。」
「もちろん、ビリーのママの部屋から。」
「やめたまえ、女性の部屋をウロつくのは。」
「今、女性と言ったな。
思い出したようだなリーダーの達太。
俺達5体ともが、女性のジュテムリンの不在を実は淋しく思っていた。違うかな?」
「何のことだか。」
「あのバスルームでの出来事を、もう忘れたか。じゃあ、これでどうだ。」
リーダーの達太か。悪くない。
本体のジュテムリンと呼ばれるよりアガる。
凶暴化した俺と口論しながらも俺は思う。
しかし、
「ジュテムリンの皆、お待たせ。」
振り返ると、口紅を塗ったジュテムリンが、ミニスカートを履いていた。
「おい、何してるジュテムリン!
みっともないだろう!」
「何って女性のジュテムリンだ。
お待ちどう様。」
「よせ。定食屋みたく挨拶しても俺はほだされない。」
「ミニスカートは脱がない。」
「先回りも、やめろ。まだ脱げと言っていない。」
「いいや。絶対に脱がない。」
ダメだ。凶暴化し過ぎだ。
俺はキッチンで、ジュテムリン皆でオードブゥルを食べたことを激しく後悔する。
ところがそのとき、
「おい、女性のジュテムリン。
リーダーのジュテムリンがミニスカートを脱げと言っているんだ。
脱いだらどうだ?」
俺は耳を疑った。
凶暴化した俺の中に、まともなジュテムリンがいるようだ。
ヴェジタリアンのジュテムリンか?
「いいや。脱がないと誓ったんだ。
これを脱いだら、口元が赤いだけの緑色のおじさんに逆戻りだ。
もうあんな思いは嫌だ。」
「そうか。そんなに思い詰めていたのか。だがよく見てみろ。ミニスカートから、短くて太い緑色の足が2本、出ている。美しいとは言えない。」
「すまんが、腹が出ており、よくわからん。薔薇の花とどちらが美しい?」
「そうか。腹が邪魔か。では姿見のある部屋へ移動しよう。」
まずい。
味方であるジュテムリンも、暴走化の傾向にある。正義の暴走ほど怖いものは無い。
「リーダー。俺達はママの部屋に行ってきます。姿見でミニスカート姿の確認をしたく。もちろん、ついでに口紅もお返しして来ます。
もちろん女性の部屋なので、ノックを入念に5回してから入室します。」
やめろ!
そう俺が言おうとしたとき。
玄関のチャイムが鳴った。
ヴェジタリアンのジュテムリンの目が輝く。
フィッシュ&チップスとシーフードピザをデリバリーしたと彼は言う。
いつの間に、と俺は思う。
そして味方であるジュテムリンは彼ではなかったようだ。
玄関のチャイムが再び、鳴る。
俺達5体のジュテムリンの間に、張り詰めた空気が漂う。
玄関のチャイムが再び、鳴る。
結構、鳴らすな・・・。
こういうときは張り付けた空気がもう少し続いてもいいのだが。
誰が出るか。
俺達は緑色だ。
今夜がハロウィンなら通じるだろう。
「日本の芸能人高木ブウの、ゾンビのコスプレです。5人で申し合わせました。こだわりは、ゾンビなのに奇麗な緑色であることです。」
だが今夜はクリスマス。
聖なる夜に、そんなフザけた理由は通じない。
「ぴ、ぴ、ピザ屋に見つかったら、俺達は遠い外国に売られちまうのかい?」
臆病者のジュテムリンが泣きべそをかいている。
「さ、さ、サーカスで見世物になんて、なりたくないよう!」
俺は臆病者のジュテムリンを励ます。
「大丈夫だ。サーカスで見世物にはならない。見てみろ女性のジュテムリンのミニスカ姿を。見世物には、ならない。」
「リーダー。」
「よし。イイ子だ。」
ピザ屋の出現で、俺達ジュテムリンのチームワークは復活しつつある。
「皆、すまなかった。
ヴェジタリアンの俺が、食い足りなかったせいで、面倒ごとに皆を巻き込んだ。俺が、出よう。
そして正直に、勝手にシャワーを浴びてバスタオルを5枚も使ったことや、深夜0時を過ぎにどんちゃんやったことなどを、を謝ろうと思う。」
俺はリーダーとして、彼一人を送り出すわけにはいかない。
「待て。ピザ屋に自首することは無い。」
リーダーシップを発揮しながら、確かにそうだよなぁと思う。
俺は凶暴化した緑色の体と頭で必死に考える。
二択だ。
ビリーを起こし
「すまんビリー。夜更けに。
俺だ、達太だ。
ピザ屋が来た。
俺は今緑色なもんで、ピザを受け取れない。ねえビリー、いったん起きて、ピザの受け取りを頼む。」
それとも。
①の約束「太陽を浴びてはならない」を破って、朝日を浴びるか。
二択と見せかけ、後者しかない。
ビリーにとっては可愛い達太でも、俺は男であり、大人。
①②③の約束のうち、②③を破ってしまった今、①は既に約束ではない。
物語に終止符を打つ『正解』だ。
ビリーに迷惑をかける訳にはいかない。
だってクリスマスだろう?
①を実行した場合、明朝ビリーは「達太がいない~」と悲しむかもしれない。
だが、①を実行しなかった場合、
「緑色の太っちょのおじさん5人の世話が本当に大変なんだ・・・」「面白かったのは最初だけで・・・」と、一生をかけて悲しみ続けるだろう。
俺達5体は、ビリーの部屋を出る。
そっと、ビリーを起こさないよう、5人順番にビリーのほっぺにキスを捧げながら。
そして玄関にて、ピザ屋から、ピザ5枚とフィッシュ&チップスとフライドチキンとミートソースパスタとソーセージ盛り合わせを受け取る。
思った以上に注文していたようだ。
驚くピザ屋は無視だ。
無視しながらもクレジットカードを差し出す。
ビリー家に迷惑をかけるわけにはいかない。自腹上等。本当に上等。
暗証番号をピザ屋に伝える。
ピザ屋は俺の、どんよりした目に、いいんですか?との眼差しをよこす。
俺はどんよりした目で「イエス」と返す。
このクレジットカードも俺もろとも消滅するだろう。暗証番号などくれてやる。
薄暗かった外が、明るくなってきた。
もうじきだ。
ピザ屋よ、クリスマスの明け方までご苦労さんだったね。
おや、クレジット決済がうまくいかないようだ。
もう一度、暗証番号を言おうか。
今度は、せっかくだから、ジュテムリン全員で、言おうか。
スリー、トゥー、ワン、ゼロ
そのとき、朝日が昇った。
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「おはようママ。ねえ、僕が寝てる間にキスしたでしょう。」
「してないわよ?」
「だって、ほっぺに口紅が。
僕も愛してるよママ!」
じゅて~む
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