じゅて~むエッセイ編76夜「達太こぶとりじいさんと寝食を共に⑦」
【あらすじ】
N県新潟市やN県長野市でコント活動をする集団の、コント台本を担当している江尻晴子が、架空の男性・達太としてエッセイ連載にチャレンジ。
タイトルの「じゅて~む」は愛しているという意味だが、架空の男性・達太が主人公の小説「じゅて~む」からの引用でもある。
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俺は達太。39歳の会社員。
日曜にはエッセイストとなる。
外見は音楽家のバッハを日本人にし、バッハはパン!としているところを、更にパン、ど~ん、ぶよ?!とさせたような外見だ。
音楽家バッハを追悼するため音で表現してみた。俺に作曲は無理かもしれない。なんでもやってみるもんだ、やってみて無理と知る。
だが。
俺は今、こぶとりじいさんと寝食を共にしている。
そして俺の腹には、じいさんの頬にあったコブが、くっついている。
なかなか話が進まなくて、さすがの俺も心配になってきている。
しかも。
既に7話めに突入するというのに、まだ2食しか食べていない。
普段の俺であれば考えられない事態だ。1話のエッセイで8食くらいにありつく俺なのに。
例えば平日の俺は会社員で、朝食を食べ、牛丼チェーン店で朝食セットを食べ、昼に出前をとり、午後に昼を食べ損ねた営業部門の後輩に付き合って少し遅い昼をとり、夕食を食べているところ、女から連絡があり、「俺も夕食はまだだ、外で一緒に食べよう」と男らしい嘘をつき、洒落た店で腹に溜まらないフルコースを食べる。
なのにどうだ。こちらに来てからは平日より食べていない。
普通、旅行中の方が、美味しいものをたくさん食べるもんじゃないのか?
俺はじいさんと寝食を共にすることに、正直飽きてきている。
俺の腹にじいさんのコブがくっついていて、これをどうにかしないと終われないのだが、
俺は夢見る。
花咲かじいさんの元へ参上し、じいさんが来るんじゃない!頼むから来るな!と止めるなか、
「なんです、翁、木の上からでは聞こえません。」
「俺は達太です。手伝いますよ。
俺も一緒に木の上から灰を撒いて、枯れ木に花を咲かせてみせましょう。」
「しかし木登りなんて何年ぶりだ。」
俺は思う。
自然とはなんと偉大なんだ。
この俺の重みにすら耐え得る、頑丈な木の枝。
木の上から花咲かじいさんが、「折れる!来るな!」と叫んでいるが、俺は自然に心打たれている真っ最中であり、聞こえない。
俺はいくつかの木の枝に迷惑をかけながら、つまりは俺の重みで折ってしまいながら、木登りを進める。
俺が木登りをしている、さあ、想像してみて。木にしがみつき、よじ登る俺を。新種のセミに見えるか?見えないだろう。
「翁、もう少しで到着です。」
「達太さん頼む、もう木の枝を折らないでおくれ。木から降りれなくなってしまう!」
「なんです翁。まだ聞こえません。
そちらの木の枝に俺が行きますので、そこで腰を並べ、ゆっくりと話しましょう。
2人で花を咲かせながら。腰を並べながら。」
「無理じゃ!
この木の枝に2人は無理じゃ!」
花咲かじいさんはわかっている。
2人座るのが無理なのではなく、俺が重くて危険なのだと。
だが、そうは言わない花咲かじいさんに俺は好感を持つ。
ますます腰を並べて、花を咲かせたい。
腰なんて言葉、久々に口にするな。
俺は失笑する。いつもは腹、腹、言っている俺が、腰、腰。
何があるかわからないもんだ。
随筆は小説より奇なり、だな。
俺はハッとする。
花咲かじいさんを想像するだけで、自然に心打たれたり随筆の可能性にときめく。
俺はこぶとりじいさんが小太りではないと認めた瞬間から、こちらのじいさんへの興味はゼロ。
明日の鬼との宴会を楽しみにしているだけだ。
腹にコブがあるから終われないと、先に述べたが、俺にとってコブなど問題ではない。
人間中身だ。俺の腹も、結局中身が肝心だ。何を食べるかだ。愛しい腹。
俺は決心する。
明日の鬼との宴会に出席し、あらかたご馳走を食べ終えたら、宴会がお開きになるのを待たずに退席する。
じいさんの舞いは見ずに、食べるだけ食べたら、〆の吸い物など待たずに。
俺は、こぶとりじいさんの布団にすべり込む。
飽きてはいるが最後まで寝食を共に。
「うう」
じいさんがうなされている。
狭いからか。
また頬にコブが戻ってくる夢を見ているのか。
ひとまず。めでたしめでたしとするか。
俺は他にも、タイタニック号にも乗らねばならないし、忙しいのだ。
じゅて~む
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