じゅて~む 第一夜 【弱】
【あらすじ】
あらすじ?
そんなものは要らない。
小説の第一話めに「あらすじ」があったら「下巻を買ってしまった?!」と、人は取り乱すものだ。
俺は達太。39歳の会社員だ。
好きな花は薔薇。
好きな言葉は「弱肉強食」。
知らない奴は小学校からやり直しな。
似ている有名人はバッハ。
代表曲はフーガとG線上のアリア。
知らない奴は音大からやり直しな。
バッハについて教えてやれるほど、俺はバッハを知らない。
俺こそ音大からやり直しか。音大を出てもいないのに。乱暴な話だ。
ところで俺はエッセイストでもある。
仕事の無い土日限定でエッセイを発表している。
9月。四連休がやってきた。
俺は土日のエッセイを書くのを辞めた。
土日祝の四日間で、四話にわたる恋愛小説を書くことにしたのだ。
四日あれば「起承転結」に十分だ。
だが。
「起承転結」するくらいなら、好きな言葉である「弱肉強食」で行こうじゃないか。
一話めは「弱」
俺に、弱みができた。
女だ。
俺だって回転寿司くらい行く。
食い足りないという事は、無い。
何皿でも食うから心配無用だ。
頭を使えよ?
親指サイズの寿司のシャリだが、何皿も食えば、丼いっぱいの大盛ごはんに相当する。
だが、別の考え方もある。シャリが親指サイズで食った気がしないため「ゼロ」と捉える。
すると、何皿食っても、例えば32皿食っても「0×32=0」だ。
あくまで例だがな。
だから俺は32皿食い終え、まだ食えるが財布の都合でそろそろ会計をしようとしたとき。
俺の2つ空けて隣に、女が座った。
俺は横目で女を盗み見た。
回転寿司屋にいるというのに、ここが高級寿司屋と錯覚するくらい、雰囲気のイイ女であった。
俺の腹の左上あたりが、熱くなる。
俺はいつでも腹を中心に考える。
腹の右にあるのが、右手。
腹の左にあるのは、左手。
腹より上が頭脳。
腹からぶら下がっているのは両足だ。
そして、女を目にして熱く熱くなっている腹の左上。
胸というやつだ。面倒なことになった。恋愛は面倒なんだ。
俺は薔薇が好きなのだが、面倒なことに女は花で例えるなら白ユリ。
もしくは薔薇だった。
エプロン姿の板前が、女に注文の仕方を説明している。
野暮な。
高級寿司屋では大将に任せた方が、地のもの、旬のもの、を頂けるというのに。テレビでそう学ばなかったのか?
それに、何故この板前はエプロン姿なのだ、女装か。ならばナイーヴな問題、そっとしておいてやろう。
・・・違う。ここは回転寿司屋だからだ。
女の纏う高級な雰囲気のせいだ。
板前がナイーヴな問題を抱えていたのではない。ナイーヴなのは俺の方だったのだ。
しかし、我に返ってからの俺の判断力は素晴らしかった。
回転寿司となれば、一期一会のイイ女にご馳走しない手はない。
俺はボウイを手招きし、耳打ちする。
「彼女にこれと同じものを。」
ボウイは困惑する。
なんせ食い終えて積み重ねられた32皿だ。
同じものと言っても、ネタがわからなければ作れないというわけだ。
俺だって覚えちゃいない。何食ったかなんて。寿司を食った、それだけが真実。
どうするボウイ。
俺と薔薇女のキューピッドとしての君の力を、存分に発揮したまえよ。
ボウイは店長らしき男に相談。
そして店長は何やら端末を操作。
操作しながら店長は32と呟く。
無事に女の元に、俺が平らげたと同じメニュの寿司が流れてきた。
女は注文した覚えがない旨を、ボウイに告げる。
そのとき、俺は女の声に驚いた。
美しいのだ。
「炙りサーモンは頼んでいないのですが・・・」
には、まだ俺も理性を保てていたが、
「カルビ握り」も頼んでいない旨を女が述べたとき、俺の理性は吹っ飛び、女が焼き肉を注文する様を想像してしまったのだ。
カルビ、豚バラ、タン、トントロ、豚バラおかわり、ハラミ、冷麺。
美しかった。
しかし。同時に俺はカルビ握りのチョイスを恥ずかしいと思った。
こんな気持ちは初めてだ。
結構、寿司屋で肉を注文していたことを恥ずかしく思ったのだ。
思い出すだけで恥ずかしい。俺はカルビ握りを5皿は食ったはずだ。この後女の元に5回もカルビ握りが来る。
しまった。思い出した。ハンバーグ握りなる、ミニサイズのハンバーグが乗っかっているだけのヤツも食ったかもしれない。あれは寿司ではない。
俺の顔は真っ赤になる。
そのときボウイが
「あちらのお客様からです」
と女に説明。
俺はカウンター下に頭を突っ込む。
弱っている姿を女に晒すわけにはいかない。
こんなピンチにも俺は冷静だ。
「頭隠して尻隠さず」
という格言を思い出したのだ。
おそらく、中国の兵法が由来の格言だろう。
頭を隠して尻を思いっきり突き出せば、その突拍子もない様子に場は混乱し、攻守逆転する・・・という意味合いだろう。
相撲でいう猫騙しか。
さあ、攻守逆転なるか。
こうしている間にも、女の元に寿司はどんどん届くだろう。
もちろん「あちらのお客様から」だ。
しかし、そこにあるのは尻。
偶然だがリーバイス501だ。
せめてもの恰好はつく。
【第2話「肉」へ、続く。】
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